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取材日:2016年04月10日 東三河

若葉祭(うなごうじ祭) 豊川市

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「うなごうじ祭はうじ虫祭りではない。」いきなり唐突なことを書くが、この祭をやっている氏子の方から聞いた言葉です。ネットでうなごうじ祭と検索すると必ず出てくる言葉として、祭人が地面に寝転がる奇祭でその様子がうじ虫のようだから・・・などと記されていることがじつに多い。しかし郷土史研究家の柴田氏によれば、この地において、うじ虫を「うなごうじ」などと呼ぶ方言が存在しないのだから、うなごうじ=うじ虫ではないのは確かだという。なるほど、言葉が存在しないのに語尾だけをみてうじ虫というのはちょっと乱暴だ。誰だって、自分の愛する祭を意味もわからず、うじ虫などと言われたら気分がいいはずがない。さらにいえば日常使う言葉にも語源が不明なものはある。「うなごうじ」の意味がわからなくとも、昔からそう呼ばれてきたのならそれでいいだろう。
また、寝転がるばかりの祭でもない。この祭に参加している祭組は全部で四組ある、それらが神幸行列をして町内を練り歩き、お囃子、神児舞、笹踊りといった郷土芸能を披露しながら進むじつに優雅な空気に包まれた祭で、かつてこの地を支配し、公家文化を重んじた今川家の勢力範囲にあったことを感じさせる。大山車(おおやま)が二輌あることから「山車祭」に分類されることもあるが、尾張で行われているような車の祭とは明らかに違う。大山車は神様を迎えるための郷土芸能「隠れ太鼓」の舞台として八幡社に据え置かれるものであり、神幸の行列に連なるのはお囃子と神児舞の屋台である。尾張の祭では囃子は車に入って曳き廻されることを考えれば、この屋台のほうが、尾張で言うところの車に近い存在のように思う。ちなみにこの東三河において「だし」といえば車ではなく神幸行列の各組のシンボルを指すそうだ。しかも漢字で書けば「山かんむりに車」だそうで、ややこしいことこの上ない。
神幸行列は最後に八幡社にきて、各組が神社に参拝したあとクライマックスの「三ツ車」となる。


開催時期:4月の8日に近い日曜とその前日
ところ:豊川市牛久保
公式HP:http://www.unagoji.com/




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神兒組の神兒車の神児舞 巫女風の衣装を着た男児が行う

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とても洗練された優美な舞が披露される


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笹若組の笹踊り 豊川周辺に伝わる郷土芸能

 

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江戸時代の朝鮮使節の影響ではないかともいわれる

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ヤンヨー神と呼ばれる囃子方の歌に合わせて踊る

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とてもダイナミックな踊りが印象深い

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神幸行列の最後尾の笹若組はこのように寝転がってしまうパフォーマンスも見せる

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名君であった牧野氏の遺徳を偲ぶ意味もあるらしい

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上若組と西若組の二組の大山車(おおやま)隠れ太鼓が演じられる

 

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遠くから見るとまるでからくり人形のように見える

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夕暮れの町並みを進む神幸行列 中央に見えるのが上若組のダシ

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上若組の囃子屋台




なお、興味がある方は、この牛久保の郷土文化を研究されている柴田晴廣氏の著書を読まれることをお奨めする。

"若葉祭(うなごうじ祭) 豊川市"に3件のコメントがあります。

    • 東三河の記事は柴田さんの研究なしでは到底書けません。いつもありがとうございます。

  1. デンさん
     参考文献に挙げていただいた『牛窪考(増補版)』ほかの拙著の概要の説明をするためにブログを開設しました。
    http://tokosabu.dosugoi.net/
     現在『牛窪考(増補版)』の拾遺一補遺二の半分ほどまでの概要を解説しました。
     補遺二の「笹踊」が終れば、「隠れ太鼓」の概要説明に入ります。

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