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取材日: 昇龍道

お練り祭 長野県飯田市

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大獅子が悠然と現れた瞬間、あまりにもの大きさに一瞬息を呑んだ。鬼のような形相の宇天王が先導するように演舞場所に姿を表し、その後から家のような大きさの獅子が躍動する様子は見る者の心を鷲掴みにする。演舞、装束、裏方の振る舞いに至るまで、見事な様式と品格を持ち、祭の主役になったのは戦後とはいえ、獅子そのものの歴史は古く起源は徳川二代将軍秀忠の時代にまで遡るのも納得がいく輝きを放つ。演舞は「大門口起こしの舞」「道中起こしの舞」「まだかの舞」「寝かしの舞」の4種類があり、なかでも大門口起こしの舞は優美の極みともいえるもので郷土芸能の最高峰だという。

東野の大獅子と並ぶもうひとつの看板、本町三丁目の大名行列は江戸時代屋台を使って奴踊りをしていたが、1866年の火災で立派な屋台がほとんど焼失。このとき、小浜藩、仙台藩、姫路藩の三家から諸道具類を購入することができ今の大名行列の形ができた。まさしく本物を使う大名行列は、文化財としての価値も非常に高く、百万石の価値ありと評価されている。

寅年と申年に行われる数えて7年に1度の祭といえば、諏訪大社の御柱祭ですが、このお練り祭も御柱と同じく寅年と申年の春に行われる祭です。記録によれば大昔は御柱が行われていたという。ところが、江戸時代にここを治めた領主の意向もあって曳山祭に代わり、以降戦前まで曳山が祭の主役だったそうです。しかし戦後間もない昭和22年に起きた大火によって、市街地の60%を消失する被害が発生し、一部の部材を残すのみで曳山のほとんどが焼失してしまったそうです。それ以降は大獅子と大名行列が祭の主役となり現在に至っている。

祭は市街地を縦横に大獅子、大名行列の他、獅子舞、行列など各町内が趣向をこらした出し物が繰り出す。とくに東野の大獅子は演舞の種類も多く、見応えがある。演舞を見物するには2つの方法がある。ひとつはどこの祭とも同じく見物人として仕切りの外から見る方法で、もうひとつは「所望」といって、一定の金額を寄進することで所望席という真正面のかぶりつきで眺める方法です。「所望」は観光客でも可能(2016年現在)とのことですから、グループでお金を出し合えば所望席で眺めることもできます。

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東野の大獅子 迫り来る迫力が凄いです

 

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大獅子を制し、前で舞うのは宇天王

 

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大獅子の凄まじい威容

 

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大獅子の頭は30kgもあるという

 

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お面を被っているとは思えない鮮やかな身のこなしの宇天王

 

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大獅子を手なづけたという意味だろうか、縄を放り投げると舞が終わる

 

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大名行列は大獅子とともに人気の出し物

 

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手にする道具は全て本物で百万石の価値があるという

 

見事な時代絵巻が展開される

 

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次郎長行列 いろいろな催し物が巡回していて楽しい 

 

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大獅子もいくつも登場する

 

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こんな大きな頭の大獅子も登場する

 

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銅鑼の音が響くので何かと思うと龍の舞が登場

 

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大獅子ばかりではなく、こんな獅子も登場する

 

 

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